【新規事業】というテーマでのインタビュー企画 第7弾。今回は、ソフトバンクにて複数の事業立ち上げを経験し、現在はキャピタルメディカの新規事業責任者と複数社の新規事業アドバイザーとしてご活躍している大島典子様にお話を伺いました。
目次
―はじめに、大島さんのご経歴を教えてください。
大学卒業後、3社経験しています。1社目はNTTドコモグループで、研修インストラクターや、お客様からいただいたご要望やご意見を経営や事業に反映するCS(カスタマーサティスファクション)業務などに従事しました。その後ソフトバンクへ転職し、一般顧客向けの新規事業立ち上げの責任者として、複数事業を立ち上げました。
現在は、株式会社キャピタルメディカにて、認知症に関わる新規事業を担当しています。また、ライフワークとして複数社の新規事業立ち上げ支援も行っています。
―ソフトバンクでの新規事業開発のプロセスについて教えていただけますか?
私は主に一般のお客さま向けの新規事業担当として、大きく3つのことを行いました。
一つ目は、携帯電話をより便利にご利用いただくための副商材やIoT商品をゼロから企画して立ち上げること(スマート体組成計等)。二つ目は、自部門にて全社プロジェクトを中心となって立ち上げ Go-To-Marketを実行していくこと(Pepper等)。三つめは、他部門が立ち上げた全社プロジェクトの一員として市場にモノを投入すること(iPhone3G等)。
事業を立ち上げる主な流れは、アイデア出し→マーケット調査→企画→コンセプト調査(数千人のwebアンケート)を繰り返し、2~3案を用意して経営会議等に臨みます。そこでコンセプトの承認を得た後、プロダクト部門経由で開発関連の見積もりを取得し、再度経営会議で採用承認を得るという流れです。
―経営会議での承認が2回必要なのですね。
コンセプト承認の段階では、規模によっては経営会議ではない場合もありますが、採用承認は経営会議を通過することが必要でした。その際には、営業利益ベースでの事業計画ももちろん必要です。
経営会議に付議する事業計画は、「コンサバティブ」「ベース」「アグレッシブ」の3つのケースを試算し、「ベース」のケースの必達をコミットします。
はコンサバティブな方なので、常に最悪のケースを想定し、最大損失はどの程度なのかを可視化して合意を取るというプロセスを重視しています。こうした考えは、特に新規事業では重要だと考えています。
―採用承認後、事業化までは順調に進むものでしょうか?
決してそうではありません。初めての事業や商品の開発には、採用承認後の開発フェーズでも様々な課題が発生します。「技術課題(想定していた動作をしない)」「コミュニケーション課題(同じ表現で要件を詰めていたのに、開発者と考えていることが違った)」「ユーザーテストでの気づき(α版でユーザーテストを実施したらUX評価が低かった)」などです。
この中で、私が可能な限りゼロにしたいと考えていたのは「コミュニケーション課題」です。信頼のおける技術部門とのやり取りでも、お互いエスパーではないので認識齟齬はどうしても発生します。ただ、そのズレを発生させない工夫と、ズレが生じたときに見落とさない努力が重要だと考えています。
また、ユーザーテストが想定の結果とならなかった時は、ものすごくショックですね…。自分の想像力が至らないために、進めてきたもののやり直しを決断する。そして、実際に手を動かす技術部門やベンダー様に、短納期でのリカバリーをお願いすることになります。
―苦渋の決断ですね。
はい。それでも“ワンチーム”で進めてきた仲間なので、不満を口に出すこともなくポジティブに対応してくれます。当時を思い出すと、ウルっとしますね。関係者は皆、「お客さまが喜ぶものを届けたい」と思っていますから、最終的には自分事と捉えて動いてくれたのだと思います。
―ご担当された新規事業の具体的な事例を教えてください
最も印象に残っているのは、ワンコイン(月額490円)で利用できる「みまもりケータイ」の事業化です。
この事業の立ち上げのきっかけは、子どもの連れ去り(誘拐)のテレビニュースを見て、お母さま方が「お金に余裕がある家は、子どもに携帯電話を持たせたり、警備をつけたりできるけど、なかなかそうもいかない」と話していたのを聞いたことでした。
お子さま専用に携帯電話をご契約されるとなると、機種代金などを含めてそれなりの負担になります。それがワンコインだったら、ランチ1回分のお金で不安を軽減することができます。裕福でないと安心・安全が得られないということを無くしたいという気持ちが強く、「より多くのご家族に安心を提供できたら、そんなハッピーなことはない。絶対、ワンコインにしたい!」と思いました。
しかし、経営会議では980円でリリースすることが決まってしまいました。その瞬間、「いつか必ず半額の490円で提供できるようにする!」と、心の底から闘志が湧いてきました。その気持ちは開発段階からあったので、プロダクト部門や調達部門に協力を仰ぎ、粘り強くベンダーへの交渉をしていただき、原価を抑えることができていました。また、リサーチ部門では、980円を490円にすることでの購入意向の変化を分析し、経営会議での上申のサポートをいただきました。その結果、数か月後には490円での販売が実現したんです!本当に嬉しかったです!
―すごいですね!でも、その強い思いのきっかけは、普段の生活でのちょっとした「気づき」からなんですね。
はい、体重計と携帯電話が連携した「スマート体組成計」の事業化もそうです。この事業は祖父の行動がきっかけでした。私には103歳になる祖父がいるのですが、かかりつけ医に体重を聞かれるからと手帳のカレンダーに体重を記入していました。その姿が大変そうだったので、「体組成計にモバイル通信機能を付けて、携帯電話とデータ連携できたらいいな」と考えました。こうしてスマート体組成計の事業が立ち上がりました。
―新規事業を立ち上げる時のポイントについて教えていただけますか?
生活の中で、「こうなったらいいな」を考えるようにしています。そのために、日常で“ちょっと”困ったことをメモするようにしています。人びとがすごく困っていることって、既に誰かが解決してくれていることが多くないですか?私は、“ちょっと”困っていることや、“ちょっと”憧れるということを解決していくことで、お客さまに喜んでいただける事業が立ち上げられると考えています。
世の中で「ざらっとした違和感(“ちょっと”困っていること)」を見逃さずに解決したらどんな世界になるかを考え抜く。その「ざらっと感」はどんな時に、どのくらいの頻度で感じるのか、今後も続いていくものなのか、企画する商品が複数の価値を生み出せるか、生み出せる価値が1つなら圧倒的に優位な価値なのか、などの熟慮も大切ですね。さらに、その事業が企業の価値観とマッチしているか、実現可能かも当然ながら重要なポイントです。
また、私が支援している会社でよく行っていることは、事業立ち上げまでのトールゲート(各ステップ)を1枚の資料で示すことです。新規事業は、その検討の過程で判断がぶれやすい性質があります。そのため、立ち上げまでの各段階を見える化して、今日はこのテーマについて話し合う、合意できたら「済」を押していく、というような合意形成の過程を示し続けることが重要です。もちろん、前のステップに立ち戻って検討し直すこともありますが、その時でも検討する部分が明確になることで、「どこが間違っているというわけではないが、プロジェクトが前に進まない」ということが減ります。「済」がつくと達成感も得られるので、立ち上げまで心が折れないようにするためにも良いです。私は、大きなトールゲートを通過したときに、感謝や喜びをチームメンバーと共有するようにしています。アイスを買って食べるとか、本当に些細なことですが…(笑)。
ちなみに私見ではありますが、新規事業開発を片手間で若手社員にやらせるというのは、あまりお勧めしません。
既存業務よりも圧倒的に検討事項が多く、かつ社内合意も困難を極めますから、片手間にできることでは到底ありませんし、成功確率も低くなります。このようなことを通常業務に加えて行うというのは、「新規事業にアサインされることは損だ」という思いを生みかねないと思っています。
―他の企業の新規事業立ち上げの支援もされていらっしゃるんですよね?
はい。企業の新規事業の支援をしているほか、プロボノ活動として学生起業家の相談に無償で対応しています。
私はおかげさまで新規事業を多く経験させていただいてきたので、企業が悩まれている点や、今後発生しうる課題が想像しやすく、多くの場合で複数の解決案を提案できます。また、大手企業とベンチャー・中小企業では打てる施策が異なるので、それぞれに合わせてプランを練るようにしています。
社内で解決が難しいことや迷いがあるときに、私のような外部の人材を一時的に活用するのは事業の立ち上げを加速させられると思いますし、コスト面でも効果があります。必要な時に、必要なだけ(頻度・期間)使っていただくことに価値があると思っていますので、継続的にご契約いただくも良し、必要なフェーズ単位で細切れにご契約いただくも良し。便利に使っていただければと思います。
―大島さんがそのように仕事に一生懸命になれるパワーの源は何ですか?
美しい表現をすると「人の役に立ちたい」という思いです。
先程お伝えしましたが、社会に課題があってそれを解決するために考えて実行し、喜んでいただけたら…と常に思っています。「誰かに必要とされたい」という気持ちが強いのだと思います(笑)。「この業務がやりたい」とか「自分がつくりたいからつくる」という自分軸で判断した経験が思い当たりません。「必要としている人がいる」「課題がある」、だから「解決しよう」という動機です。
―大島さんご自身で今後やりたいことはございますか?
「起業して社長になりたい!」というような願望は全くないのですが、あえて言えば、仕事帰りに1000円を握りしめて気軽に立ち寄れる定食屋さんを開きたいなと、ぼんやり思っています。生きていくのはとても大変なので、どこかホッとできる居場所をつくれたらなと思います。料理が好きなので、それがたまたま定食屋だったという感じでしょうか。給料が安い若者も、ストレスを抱える管理職も、1000円でバランスのいい食事ができて、グラスビールも飲めちゃう。最高じゃないですか!?「大盛り無料だよ!」なんて会話をしながら、お客さまは、ご飯を食べて、さくっと帰るんですけど、時々「出世したよ」「結婚したよ」と嬉しい報告が聞けたら、私も嬉しくなって癒されちゃいます。
「利益を」などと考えずに、潰れないくらいのお店がつくれたらいいなと思います。妄想ですが、そんなお店を作れるように今のお仕事も頑張ります(笑)!
株式会社NTTドコモにて研修インストラクターやCS(カスタマーサティスファクション)業務などに従事した後、2007年にソフトバンク株式会社に入社。新規事業・サービスの立ち上げを行う。「みまもる」をコンセプトに、みまもりケータイ・みまもりGPS・みまもりホームセキュリティ・スマート体組成計等を企画。自ら企画した複数商品でミリオンセラーを達成し収益拡大に寄与。また、iPhone3GやPepperなど、新しいカテゴリー商品のGo-To-Marketも推進。
2018年より、株式会社キャピタルメディカ プロジェクト推進室に所属し、認知症予防に関する研究 及び 事業開発に従事。社会課題である認知症をテーマに、早期検知・早期対策を目的とした50代から自己管理できる非対面型認知機能検(BI-NOU)をリリース。