激しい時代変化の中で生き残るため、企業価値を向上させる広報・ブランド戦略に注目が集まっています。企業価値向上のために、消費者の認知拡大をどのように行えば良いのか、施策を重ねている企業は少なくありません。
創業60年を超える一部上場企業であり、美容室向けヘア化粧品の製造販売を行う株式会社ミルボンもその一社です。創業以来、広報室も広報専任者も不在の状態からスタートした同社が、今ではメディアへの露出が増え、更にメディア側から声をかけられる状態にまでなったといいます。
今回のウェビナーでは、アマゾンジャパン元広報本部長でAStory合同会社代表を務める小西氏と、同氏を顧問として迎え入れた株式会社ミルボンで広報室マネージャーを務める木村氏にご登壇いただき、企業価値向上につながるブランド戦略の考え方についてトークセッションを行いました。
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変動制・不確実性・複雑性・曖昧性といった予測不可能な昨今は、 いわゆるVUCA の時代と言われています。小西氏によると、このような変化の絶えない時代だからこそ、ブランド戦略を立て長期的視点で消費者の共感を得ることが重要だといいます。
資料によると、消費者の6割が企業に自分と同じ価値観を求めており、7割が商品やサービスを作る過程に透明性を求めているといいます。
消費者の3割は、社会問題に対する企業の言動に対して共感できない場合、 物やサービスを使うことをやめ、そして消費者の6割は、利用をやめる事で、企業の行動を改めさせる事ができると考えている。(小西氏)
従来は、企業同士が競い合いを通して良いものをつくり、企業から発信される情報をそのまま消費者が受け入れてきましたが、現在は様相が異なります。小西氏によると、商品やサービスだけでなく、企業そのものも消費者や社会と連携しながら共に作りあげる「共創の時代」に変化したといいます。SNSなどの普及により、消費者が感想や価値観を発信しやすい世の中になってきたことが一因として挙げられるようです。
以下の図は、ブランドマネジメントの提唱者ケビン・レーン・ケラー氏が提唱するフレームワークです。
この図のとおり、共創の時代のブランド戦略は下から上に上がるプロセスを辿る。中でも根底にある『ブランドの認知』が最も大事。(小西氏)
以前は「ブランドの認知」が弱くても、まずは顧客に商品やサービスを使ってもらい「印象・性能・特長」を認知させる手法もありました。しかし現在は、消費者から「あなたの会社の存在意義は何で、そのブランドはどんな課題解決をしてくれるのか」という「ブランドの認知」がされないと、商品サービスを使ってもらうという次のプロセスに移行することが難しいようです。 VUCAの時代ではパーパス・ブランディング(企業の存在意義の明確化)が求められているということです。
パーパス・ブランディングを通して顧客からの共感を得るためにはどのようなアクションが必要なのでしょうか。小西氏は、パーパスから逆算した継続的なコミュニケーションを実行することが重要だといいます。
かつて小西氏が在籍していたアマゾン社では、消費者に最高のショッピング体験を提供する、そのために「地球上で最もお客様を大切にする企業である」ことがパーパスであったといいます。買い物が困難な状況にある人達にも、より便利で豊富な品揃えへ、そしてより最適な価格へと改善し続ける事で、最善のサービスを提供します。これこそが自社の存在意義であり、その為の継続的な企業努力や課題解決法を消費者に広く伝わるようなコミュニケーションをとることを心がけていたそうです。すると徐々に消費者の共鳴を得ることができ、結果として同社が日本でトップブランドと位置づけられるまでになったのだといいます。
では、上記で言う「広く伝わるようなコミュニケーション」とは何でしょうか。消費者はどのようなコミュニケーションを評価するのでしょうか。
小西氏によると、消費者は「本当に企業努力を続けているか」「本当に革新を起こしながらソリューションを提供しているのか」「サービスや商品の利用者は本当に満足しているか」という視点で、企業価値向上の可能性を判断・判定をしているといいます。 そのため広報としては、最高のサービスを提供し顧客に満足してもらいながら自社も成長し続けている、という経過や結果を消費者に伝わるように継続的に発信していく必要があります。そして事業ゴールの追い風となるコミュニケーションゴールを毎年設定して展開していくことで、長期的な視点で評価され、ブランド価値が向上していくそうです。
ブランド認知を進めるにあたり、メディアを活用する事例も増えてきています。 PR・広報において利用されるメディアのことを「PESOモデル」と呼び、それぞれのメディアに合わせたアプローチが必要だといいます。
メディアごとに違う印象を与えてしまうと、法人の「人格」が統一されず同じブランドとして認識されづらくなるため、メディアで発信する情報に一貫性を持たせ最適化し、企業が同一人物に見えることがブランド価値向上のためには大切です。
冒頭に取り上げたアンケート結果でも示された通り、消費者の6割が「企業の行動を改めさせるような行動も自分たちのソーシャルメディアで起こせる」と回答しています。そのため、SNSなどの「Shared Media」を意識しながら、消費者が発信している内容をしっかり抑え、消費者にどうブランドが認知されているかを都度確認していく必要があるそうです。
株式会社ミルボンは、美容室向けシャンプーやスタイリング剤等の製造開発を事業としています。創業60年を超える一部上場企業ですが、創業以来50年間は広報室がありませんでした。しかし、顧客である美容室が減少傾向となり、BtoBからBtoBtoCへの業態転換を始めたことが契機となり、広報部門の強化を図り始めたそうです。
当時、木村氏はIR担当として投資家とのコミュニケーションを担当していました。その活動の中で、消費者や世の中に対してどのように企業をブランディングするか試行錯誤していました。しかし様々な施策に取り組んだもののコストや手間がかかり、どれも継続ができなかったそうです。その後、専任の広報担当として就任するタイミングで顧問ネットワークサービスと出会いました。
広報担当を立てるにあたり、小西氏はまず「広報戦略を策定していくためにも、まずは企業情報を整理してストーリーで語れるように」と木村氏に提案しました。 ストーリーで語ることにより、自社がどのような想いを抱いて事業を展開しているのかという理解がまず深まり、ステークホルダーに伝えるために不足している情報が見え、会社として発信していくべきメッセージの戦略ができあがったといいます。
会社全体のストーリーは、経営陣や会社そのものが納得したうえで作る必要があるため半年ほどかけてやっと完成した、大変な作業だった。(木村氏)
小西顧問が支援に入ってから1年半経った今、どのような変化が見られているのでしょうか。
会社として一番伝えたい、コーポレートメッセージが明確になった。(木村氏)
このメッセージに基づいて、どのタイミングでどんなメッセージを伝えるべきか、というアウトプットの戦略が自社で立案できるようになったといいます。これによりミルボン社の思いや、取り組みのポイントが理解されやすくなり、メディアからも声をかけられるようになったそうです。
また木村氏は、会社全体のストーリーを作る中で経営陣、特に社長とのコミュニケーションが密になり、会社が目指す方向性が明確になった点が最も大きかったと語ります。小西氏が顧問として参加するまでは「広報とは何か」があいまいな状態であり、どこから着手するべきか分からなかったが、小西氏に考え方のフレームワークを提示されたことで前進することができたそうです。
従来は、他社との差別ポイントを洗い出す際に、伝えたいポイントを多出しがちでした。しかし第三者の立場であり世の中の情勢をとらえている小西氏から、ミルボン社への率直な意見をもらうことで、自社を客観視して整理することができたと感じているといいます。
小西氏は、VUCAの時代では「クライアントとの長期的な取引関係の構築」という視点から、BtoBにおいてもブランド戦略は必要だといいます。クライアントと良好な関係を築いていたとしても、自社やクライアントに何が起こるか分かりません。何か起きた時に「この企業とは取引を続けていきたい」と思ってくれるクライアントを生み出すことが、継続的な関係構築に必要だといいます。
そのためミルボン社では、どのような想いを抱いて事業を展開している会社なのかというクライアントの理解を深めることを大切にし、自社のストーリーを共有することから顧客企業との取引・コミュニケーションを開始しています。
小西氏がブランド戦略構築に携わったA社でも、これらを意識した結果、サービスや商品だけでなくA社の思いや理念まで深掘りする報道系メディアが増えました。さらに一度取材したきりではなく、その後の会社状況や変革に興味を持ち再度取り上げてくれるようなメディアも出ているそうです。
また、会社の強い思いをしっかり発信したからこそ、協賛をしてくれる大手企業のパートナーも増えたといいます。さらに、大手企業とのコラボレーションを通して様々なイノベーションも生まれているようです。地道に発信し続けたメッセージが、個人・社会・他の企業に認知されてブランド力を成長させているのです。
最後に、広報に携わる方々が備えておきたい素質についてお二方に意見を伺いました。
広報の役割を人で例えると「口」であり「態度」でもある。意思が無い言葉を発しても、全く届かないため、経営者の意思を確認し、その意思を乗せた言葉を社内外に届ける姿勢を持つことが広報において重要な素質。(木村氏)
広報は社長が世の中に発信したいことを追い風となって発信する部門であるため、社長との連携がなければ非常に困難でありゴールが曖昧になってしまう。経営層や他部門と連携する際に求められる”協調性”と経営層との“コミュニケーション力”は必須。(小西氏)
また小西氏は、社会のニーズやときには先を見越した知恵を絞りアンテナをはってストーリーを作っていく際に必要な”想像力”、そして社会と協調していく姿勢、さらに、不規則なことが起こっても切り替え、都度ベストなソリューションを出していくための”柔軟性”も非常に重要だと締めくくりました。