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カーボンニュートラル推進の実態 ~プライム企業の取り組みに迫る~

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登壇者

日本電波工業株式会社 取締役常務執行役員 管理本部長 竹内謙(たけうち ゆずる)氏
2012年日本電波工業入社。主に海外自動車メーカー等への営業活動に従事し、海外出向の後、営業企画部門責任者に就任。
その後、執行役員営業サービス本部副本部長を経て、2021年現職に着任。
同社のカーボンニュートラル委員会も管掌。
超え環境ビジネス株式会社代表取締役 冨澤昌雄(とみざわ まさお)氏
みずほ情報総研 シニアコンサルタントとして、「気候変動対策」の分野を専門に、環境省、経産省、大手エネルギー会社等への脱炭素化の支援に従事。近年は、幅広い企業に対し、TCFD提言の対応、ESG経営のサポート等のコンサルティングを提供。
弊社 登録顧問としてもご活躍中。
日本電波工業株式会社 管理本部 法務室長 川邊幹大(かわべ みきお)氏
日本電波工業株式会社 管理本部 法務室長 ※お写真無
法務的な側面からコーポレートガバナンス・コードやCSR要求への対応や同社のカーボンニュートラル推進事務局を務めるなど、活動の牽引役を果たされている。

レポート

国内外で脱炭素やカーボンニュートラルの実現に向けた動きが加速する中、2022年4月よりプライム市場上場企業において、気候変動におけるリスクマネジメントや低炭素経済を目指した経営戦略等について「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」※に基づいた情報開示が義務化されています。
今回は、プライム市場に上場する日本電波工業株式会社とお取り組みを推進いただいたプロフェッショナルの方から、TCFD提言に基づく適切かつ効果的な情報開示のポイントやカーボンニュートラルに向けた企業の具体的な施策等について、実例をもとに解説いただきました。
※企業の気候変動への取組みや影響に関する財務情報についての開示のための枠組み

企業に求められるカーボンニュートラルへの取り組みとその実態

カーボンニュートラルの背景 

【冨澤氏】
ご存じの通り、国は2050年にカーボンニュートラルを目指すことを宣言しました。この実現には、産業界、消費者、政府などの国民各層が総力を挙げて取り組むことが必要です。しかし、2050年時点でも排出量を完全にゼロにすることは実質不可能で、どうしても残る排出量については、森林吸収等で相殺して、バランスを取る方法を目指しています。

ちなみに2020年度のCO2 GHG排出量は、約11~12億トン。国民一人当たり年間10トンの温室効果ガスを出している計算です。これを踏まえ、会社にもたらされるチャンスとリスクを可視化して検討する必要があります。

カーボンニュートラルへの可視化の取り組み 

本日のテーマ「TCFD」や「SBT」「RE100」など世界ではたくさんの可視化のスキームが立ち上がっており、日本企業の取り組み状況は、現時点ではアジア第1位、世界第1位と言われています。事実、2020年からの2年間でTCFD開示企業数は一気に増加してきましたが、その開示レベルは、「TCFD提言に賛同したのみ」という企業がまだまだ多いのも現状です。

そもそもTCFD開示の目的は、投資家やアナリストに各社の対応を説明することにありますが、彼らが期待する主な開示項目は以下の4点です。

1.ガバナンス
全社を挙げて「気候変動対策の推進」に取り組むことへの経営のコミットメントが最も重要です。

2.戦略
複数年をかけ、自社の世界観や将来像と合わせた戦略を検討することが必要です。

3.リスク
気候変動対策に関わるリスクと、元々あったリスクの統合・整理がポイントになります。

4.指標と目標
投資家は目標設定だけでなく、モニタリング指標や経営へのフィードバック方法にも注視しています。

こうした状況を背景に、TCFD開示に取り組む企業がまず直面するのが、

  • 気候シナリオ分析など、気候変動に関する専門領域の知見不足
  • 開示を担う体制や人員の不足

だと言われます。これをなるべく軽減しながら開示にあたることがポイントになると思います。

日本電波工業の実例

カーボンニュートラル推進の背景と狙い

【竹内氏】
東証市場区分の見直しからコーポレートガバナンス・コード改訂の一連の流れにより、我々は「カーボンニュートラルも含めたESGへの取り組み強化」を強く求められる状況下にいます。当社は部品メーカーですが、サプライチェーンのエンドユーザ―様からも要望が上がり始めており、おそらく数年のうちには多数の要求への対応に追われる日が来る。その前に、早めに手を打っておきたいと考えました。また、ちょうど中期経営計画見直しのタイミングだったこともあり、中長期でどの程度のコストを織り込む必要があるのかを改めて見直すことにしました。

取り組みの狙いは、プライム上場企業としての価値向上です。「価値」は、「責務」と言い換えられるかもしれません。会社として「カーボンニュートラルに向けた取り組みが当たり前である状態を作り上げることを目標に、スタートしました。

取り組みの流れ 

【川邊氏】
当社のサスティナビリティへの取り組みの最初は、1999-2000年にかけての環境ISO14001の取得に遡ります。その後2006年頃から、労働・安全衛生・倫理についてのアンケートが始まり、その数は年々増加。監査まで求められるケースも出てきたため、2009年にCSR照会窓口を設置しました。それから20年、顧客からの要求件数は加速度的に増え、現在ではこの分野のアンケートに年間800件ほど対応。監査も年間3、4件実施しています。

最初は納期どおりに回答するという受動的な対応から始まりましたが、顧客からの要請もあって、2020年頃Scope3の算定可否について社内検討を始めます。当時は、算定に関する知識不足などもあり、一旦断念するわけですが、この頃から能動的な取り組みが生まれてきました。

2021年3月発表のコーポレートガバナンス・コード改訂案に、カーボンニュートラルに関しては気候変動リスクのプラス・マイナス両面を考慮するべき、という指標がありました。それまでリスクのマイナス面のみを意識した体制だった当社は、これをきっかけにリスク管理体制を見直し。そして、冨沢顧問に参画頂き、準備委員会を始動。次いで、カーボンニュートラル委員会を設立した、という流れです。そして、2050年カーボンニュートラル推進を表明し、その半年後には2030年GHGの削減目標も表明しました。

取り組みを阻む3つの障壁

【川邊氏】
一見順調に見えますが、この取り組みにはもちろん障壁もありました。既存組織での対応は難しいので、人員体制の構築には、各所への要請や交渉が必要でしたし、TCFDの“シナリオ分析”フェーズでは、自分たちだけの知見では対応不可能だと改めて実感しました。また、これは当然ともいえますが、体制が未整備な上、手順もゴールも手探りのこの取り組みに対して、メンバーの当事者意識も低かったのです。

こうした課題や障壁を乗り越えたポイントはどのようなものだったのでしょうか。

カーボンニュートラル推進の3つのポイント

【竹内氏】

内製化に向けた体制作り:

カーボンニュートラルの取り組みは、2050年までの長期にわたり、会社を挙げて推進するべきもの、「当たり前」にしなければならないものです。そのため、外部コンサル等に依頼するのではなく、これを推進する組織を社内に内製化する必要があると考えました。これが、専門家である冨澤顧問に協力頂くことを決めた理由です。

Scope1、2でさえ対応は非常に困難です。だからこそ、この分野の専門家の助けを得ながら、実際に現場の人間が考え、手を動かして、排出量の算定やシナリオ作成にあたる。そうした地道な活動を通して、社内に知見を蓄積し、人材を育てていくことが重要だと、実感しています。

柔軟な対応人員の配置:

実際に委員会をスタートさせてみると、発足当初のメンバーだけではとても対応しきれないこともわかり、参加メンバーは現在進行形でじわじわと増えています。全社を挙げた活動ですから、社員の意識向上を図る側面からも、専任制ではなく、兼任の委員会制にして、対応人員には柔軟性を持たせておくのが良いと考えました。

マインドチェンジ・レベルアップ

社員全員の1つ1つの仕事がカーボンニュートラルに関わる以上、全社員のマインドチェンジとレベルアップが必要です。今はまだ委員会メンバーの意識がようやく上がってきたフェーズですが、この活動を「当たり前」のものとして全社に浸透させていくことが、これから重要になって来ると感じています。

取り組み前後の変化 

-経営―  【竹内氏】

最初は、専任組織の不在と社内の知見不足で、経営側も何をどう判断すればいいのか、全く分からない状態でした。意識の面でも、求めに応じて必要なことには対応する、という受動的な活動で、戦略的思考はなかった。

しかし、委員会を立ち上げて活動を始め、自走できる体制への兆しが、ようやく見えてきました。活動をモニタリングする取締役会等でも、必要な説明ができる状況が作れてきた。委員は、通常業務との兼任ですが、月2回の定例委員会の活動が、ようやく当たり前のものになってきました。泥臭く一筋縄ではいかない活動ですが、内製化するために準備すべきリソースも少しずつ見えてきて、今後、中長期の計画を立てる上でのスタートラインにようやく立てたと感じます。

-現場― 【川邊氏】

最初は全体像が全く見えず、委員のメンバーは不安だったろうと思います。

しかし、活動を進める中で、冨澤顧問に色々ご教示いただき、メンバーの知識も少しずつ蓄積されてきた。自発的に勉強し、主体的に参加する動きも見えてきました。定例委員会での反復作業で、当事者意識が醸成され、議論も活発化してきました。活動の中でうっすらと全体像が見えてきて、徐々に解像度が上がって来た、そんな実感があります。

専門家が見る 日本電波工業 カーボンニュートラル推進のポイント

【冨澤氏】

専門組織を作ってメンバーをアサインしていること

取り組みを進める上で最も重要なのが「ガバナンス」です。日本電波工業は、経営がカーボンニュートラルへの取り組みを明確に表明し、委員会体制を作って推進することにコミットしている。これは非常に良い点だと思います。

実際の作業を現場社員が担当していること

Scope3の「CO2排出量をカテゴリー別に計算する」フェーズは、会社のバリューチェーンを見直し、再認識する作業とも言えます。どこからモノが入ってきて、自社でどんな製造・加工をして、その後どのようにお客さんに流れていくのかを再認識する。「こんな大量に買っているのか」とか、「自社製品はこんなところにも販売されているのか」といった、思いがけない気づきもあります。温暖化対策やカーボンニュートラルは、テーマが壮大で対応が容易ではないだけに、議論が空中戦になりがちですが、現場の社員がScorp1-3の計算を自らの手で行って把握することで、地に足の着いた議論ができるようになる。このことが非常に重要です。

業務の担当を組織内で切り分け

ポイント2ともつながりますが、定例の委員会ではきちんと業務の担当分けをして、課題設定と進捗確認をルーティンで回してきました。これも、現場の社員がバリューチェーンの再認識をすることに、大きく寄与しています。

また、CO2排出量の計算という足元の地道な作業をしながらも、皆さんの目線は、2030年の目標、2050年カーボンニュートラルを目指して、将来会社はどの方向に向かうのか、どんな世界観になっているのか、を向いているように感じられます。この点も日本電波工業の取り組みの素晴らしいところだと思っています。

カーボンニュートラルに向けて、今着手すべきこと 

【冨澤氏】

環境省のWebサイトなど、同分野に関わる有益な情報・資料は沢山公開されているので、まずはそのようなところで情報を収集するのが良いと思います。

その後の取り組みは大きく以下の3つのステップです。

ステップ①

ステップ1の「目標設定」は、CO2の削減目標ではなく、自社のタスクとスケジュール目標です。既にTCFDを開示している他社の事例も参考に、自社はいつまでに何をやるのか、タスクとスケジュールを明確化することが、ファーストステップです。

ステップ②

ここからが本題。まずは見える化です。

概算でも構わないので、自社のScope1-3の排出量を可視化し、それに基づいて今後どんな対策をとるべきかを検討します。この時、そもそも温暖化対策に取り組むきっかけは何であったのかを意識することも重要です。投資家、顧客、あるいは社内からの問題意識であったのか。そこに留意して対策を考えることも、見える化の1つです。

ステップ③

これは時間をかけるところですが、TCFDで求められていることへ対応していきます。

2つ目の「リスクとチャンスの分析」で、投資家や金融機関が特に求めているのは、“チャンス”の情報。 世の中が脱炭素社会に変化していく中で、起こりうるリスクに備えることはもちろんですが、その中で生まれてくるチャンスに気づき対応できるか、が非常に大切です。リスクとチャンス両輪の分析が必要になるのです。そして、分析にあたっては「自社の目指すべき姿や世界観」をベースに、その世界で、我々はこんな貢献をします、というメッセージを共に出せるといいなと思います。

業界特有の違いはあるものの、全ての業界がサプライチェーンとしてつながっている以上、今後このテーマに関係がない業界・企業はないと考えています。簡単なことではありませんが、この3ステップの積み重ねによってTCFDを検討してみてください。

日本電波工業が目指す姿

【竹内氏】

1.長期的に持続可能な取り組み体制の構築

現在、当社のカーボンニュートラル委員は、通常業務との兼任で運営していますが、2050年まで走り切るためには、主管部門やモニタリング方法の再構築も必要だと思っています。来年度以降、リスク管理や、全社のガバナンスも含めて、カーボンニュートラルの体制構築をしていきます。

2.カーボンニュートラルの取り組みにおいて、先進企業としての地位を確立

この分野の先進的な取り組み事例として取り上げて頂けるような会社になっていきたいと考えています。ステークホルダーに対するアピールポイントとして育てていけるよう、意識して進めていきます。

3.カーボンニュートラル目標の達成

2030年度の数値目標も表明しましたし、目標を掲げた以上はやり切ります。ただし、この取り組みにはコストもかかるので、会社全体で、そのコストも織り込んだ利益を出し続けていく必要があります。カーボンニュートラルの達成だけではなく、会社が継続的に成長していく、双方の達成を目指していきます。

4.社内でのリーダー育成

委員会発足時からの取り組みを通じて、ようやく意識の高い社員が育ってきました。これを広げ、カーボンニュートラルに向けた旗振り役を各部門に立てて推進できるような状態を作っていきたいと思っています。また、今から27年後の2050年、社員はガラッと入れ替わっています。そうなった時にも、きちんとDNAが継承されている状態を作りたいと考えています。

「時間のあるうちに、できうる限りで体制を作って取り組んでいく」そして、「カーボンニュートラルに向けた取り組みを当たり前のものにしていく」と、力強く繰り返す竹内氏の言葉がとても印象的でした。

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日本電波工業様では、不足する知見を外部の専門家で補い、現場の社員が自らの手を動かし考えて、この課題に取り組まれています。そして、簡単な道のりではありませんが、こうした地道な活動を通じて、少しずつ進むべき道が見えてきたと言います。 脱炭素経営に向けた取り組みでは、多くの企業がその専門領域の知見不足を課題に挙げられています。経営陣の意識合わせ、体制、マイルストーン、具体的なプロセス、算定方法等・・・
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