SEMINAR

オムロン式ROIC経営 ~企業価値4倍に導いた“牽引力”とは~

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登壇者

元オムロン株式会社 執行役員 グローバル理財本部長  大上 高充(おおうえ たかよし)氏
1985年立石電機株式会社(現オムロン株式会社)入社。理財本部にてそのキャリアをスタートし、欧州子会社における制御機器事業のコントローラ、中国本社の戦略部部長、制御機器事業の経営管理室長/企画室長を歴任。経理財務領域に軸足を置くと共に、主力事業ラインにおいて企画やマーケティング部門を率いるなど、幅広い知見を有する。2012年4月執行役員グローバル理財本部長に就任。ROIC指標やポートフォリオマネジメントの導入・展開・進化を主導。オムロン社のROIC経営の牽引役を果たす。現在は同職を退任され、独立行政法人 中小企業基盤整備機構 東工大横浜ベンチャープラザのチーフインキュベーションマネージャーとして、スタートアップの育成、エコシステム作りに取り組まれる傍ら、弊社ご登録顧問としてもご活躍中。

レポート

一連のコーポレートガバナンス・コード改定や、東証の市場区分再編、所謂“PBR 1割れ”への是正要請といった昨今の動きを受け、日本企業は、持続的な成長と中長期的な企業価値向上に向けた積極的な取り組みを、改めて強く求められています。こうした流れの中、資本コスト・資本収益性を重視した経営の必要性は益々高まり、ROIC―投下資本利益率―を経営指標に導入し、改革に乗り出す企業も年々増えています。
今回は、ROIC経営導入により、10年で時価総額4倍、売上総利益率45.5%を達成されるなど、高い成果を収めてきた、オムロンのROIC経営について、実例を交えてお話いただきました。

《 目次 ―企業価値向上とROIC経営のかかわりー 》

はじめに

まずは今回の舞台であるオムロン社の概要を押さえておきましょう。

オムロンは京都に本拠を置く、創業約90年の日本を代表する電気機器メーカーです。従業員数28,000名超、連結売上高6,555億円、時価総額1兆8,170億円規模で、120の国と地域でグローバルにそのサービスを展開しています。

「センシング&コントロール+Think」というコア技術をキーに、特徴の異なる4つの事業ドメインを有しています。主力事業は、売上約50%利益の70%をたたき出す、制御機器事業です。次いで、売上約20%を占める、ヘルスケア事業。そして、電子部品事業、社会システム事業と続きます。
ROIC経営のお手本とも言われるオムロンですが、


その経営の根幹にあるのは、間違いなく「企業理念経営」です。
企業理念は、変わることのない私たちの判断や行動の拠りどころであり、オムロンの求心力・発展の原動力になってきた。

と大上氏は言います。
創業以来、受け継ぎ、発展させてきた企業理念経営を推進する上で最も重要なのは、「現場に浸透させ、共鳴を呼び起こすこと」と位置づけ、全社的な取り組みを続けてきたことで、理念を実践する風土が醸成されてきたのです。

では、「企業理念経営」を最重要視し、深く浸透させてきたオムロンが、先駆者としてROICの導入に取り組んだ経緯はどのようなものだったのでしょうか。

オムロン式ROIC経営の軌跡

ROIC導入の経緯

オムロンがROIC経営に乗り出すきっかけは、2001年ITバブル崩壊後の厳しい環境下で、キャッシュフロー経営を導入したことです。どの事業がキャッシュを生み、どの事業が生んでいないのか。各事業のバランスシート、キャッシュフローを可視化する中で、「どの事業が儲かっているかを測る指標」として導入したのが、ROICです。

ROICは、「投下した資本に対してどれだけのリターンがあったのか」を見える化する指標です。

特徴の異なる複数の事業ドメインを有するオムロンにおいて、全ての事業をフェアに評価できる点で最適の指標でした。
2005年時点では、すでに執行役員の評価指標にもROICは採用されていましたが、当時はまだ、「結果指標」として捉える向きが大きく、現在のレベルにまで経営に活用されているとは到底言えない状況でした。

転機、そして

その後、リーマンショック、東日本大震災という大きな経験をし、改めて「強い企業を作っていく」ために、オムロンでは2012年頃から本格的にROICを使ったマネジメントを始動します。大上氏は同時期に執行役員に着任し、このプロジェクトの牽引役を務めることになりました。
それから10年、ROICを使った機動的な経営判断で、オムロンはコロナ禍においても過去最高益を更新するなど、高い成果を収めることになったのです。そんなオムロンのROIC経営は、大きく2つの取り組みで構成されています。

オムロンのROIC経営を構成する2つの取り組み

ROIC逆ツリー展開

ROICの指標を要素分解して改善ドライバーを設定し、実行していくのが通常の展開ですが、オムロンでは、各事業の戦略をベースにした逆の流れを作っています。現場の事業戦略から改善ドライバーを設定し、ROICの目標までを連鎖させる、下の図でいうところの左→右への流れです。これを「逆ツリー展開」と言います。
ここでポイントになるのは、


いかに事業の特性に合った改善ドライバ―を設定できるか

だと、大上氏は語ります。
改善ドライバーは、ROIC改善の「テコ」になる部分ですが、その「テコ」がある場所は、事業によって全く異なる。例えば、商社事業では、粗利率は比較的低いものの、回転率が高い。一方、メーカー事業では、設備が大きい分だけ固定資産になり、投下資本の回転率は低くなるが、利益率は高い傾向がある、というように。
事業のモデルによって、資本を投下するべきポイントも、それを回収する方法も異なるため、ROIC改善の「テコ」の部分も当然異なってくるのです。つまり、その事業特性に合った、最適な改善ドライバーを見極め、設定することが成否を分ける、と言ってもいいかもしれません。

また、事業環境や競争力の変化に伴い、そのツリー自体も変化していきます。したがって、一度設定して終わり、ということではなく、オムロンではそのKPIがROICのどこに効いてくるのかの紐づけを行いながら、PDCAを回しています。

ポートフォリオマネジメント

以下の図のように、縦軸に売上成長率/横軸にROICつまり資本コストを置いて、ハードルレートを設定した四象限でデジタルに事業を仕分け、可視化します。その上で、各事業を詳しく評価、分析していきます。
特に、売上成長率が低く、かつ資本コストを割っているC領域にとどまる事業は、いち早い脱却を目指した事業計画策定や実行が求められます。それでも脱却の見込みが立たなければ、事業撤退を迫られる。製造取り止めや、値上げ要請といった収益化策を含めた対応をしていくことになります。

この取り組みは、少しドライに感じられるかもしれません。しかし、厳しい事業にあたる社員ほど、苦労し頑張ってくれている。にもかかわらず、適切に投資がなされないと事業は弱っていく一方です。そんな不採算事業に大切な社員を張り付けておく方が、経営者としての責任は重い。その事業にとってのベストオーナーでないのなら、潔く手放す。そうして事業の入れ替えを行っていきます。

オムロンの事業は、大きくは4つのドメインですが、実際には約60もの小さな製品群の集合体です。そして、その60の単位でそれぞれポートフォリオマネジメントを推進しています。価値を生まなかった事業からは撤退し、より大きな社会的価値を創造するためにリソースを集中・シフトしていく。その機動力ある判断を、ROIC経営が担っているのです。

現場へのROIC経営浸透に向けて

資本コストの概念や逆ツリー、PPM運用の道を辿る中で、経営陣の間では比較的早いタイミングでROICの概念が理解され、根付いていきました。しかし実際にROICを事業現場に落とし込むことは、簡単ではなかったそうです。

アンバサダー制度

そもそも2010年代前半は、ROIC経営そのものの認知も低く、日ごろ財務諸表などと関わりの薄い営業や開発現場のメンバーにとって、ROICはかなり縁遠い概念でした。そこで、各事業部門の経理・財務の若手社員を招集し、ROIC浸透プロジェクトを始動します。(のちのアンバサダー制度)
しかし当初は、アンバサダーのメンバーもROICの知識が不十分であったため、勉強会などを通してROICへの理解を深めるところからスタートしました。
その後、アンバサダーとの試行錯誤を重ね、現場への教育コンテンツを作成。続いて、各事業部門におけるROICの取り組み事例集も作成。これらを定期的に配信・共有する取り組みを2年ほど続ける中で、現場レベルでのROIC理解が徐々に進み、浸透していきました。

ROIC翻訳式

こうした活動の中で用いたのが、下のROIC翻訳式です。(ROIC経営2.0)

財務理論だけでは現場には浸透しない。理論の精緻さを求めるよりも、目的や概念を正しく理解してもらうことが大切。そのために、シンプルに伝えていくことが重要だ

と大上氏は言います。

ROICを概念で表すことで、財務諸表に縁のない現場の担当者にも、ROIC向上の取り組みが具体的にイメージできるようになり、ROIC経営の浸透の助けとなりました。

roic-translation-formula

ROIC経営の成果

稼ぐ力の向上

以下の図は、ROIC経営を推進して以降10年間の成果を簡単にまとめたものです。
ひとつには、ポートフォリオが大きく進化しました。制御機器とヘルスケア事業を合わせて半分ほどだったのが、10年間で約75%を占めるまでに成長しています。しかもこの主力の2事業のROICは大きく向上し、非常に収益力の高い事業に成長してきました。これは、主力事業に資源をシフト・集中させる一方で、中長期的な投資が難しいと判断した事業は、ベストオーナーの観点から売却・撤退を進め、事業の入替を行ってきたことも意味しています。
売上総利益は10年間で8.9ポイント向上。全ビジネスカンパニーでポイントが改善しています。その結果として営業利益額(CAGR)も8.2%成長。コロナ禍にありながら2022年度には過去最高益を更新しました。これらのことからも「稼ぐ力」を大きく向上させたことが見て取れます。

ROIC-Results:Improving-earning-power

※オムロン株式会社 IR資料から抜粋

企業価値の向上

以下のグラフは時価総額の推移を示しています。財務価値・非財務価値の創出により、10年間で企業価値を約4倍にまで高めることができました。ROICへの取り組みも財務価値とともに評価された結果です。また、サスティナビリティ経営の側面においても、グローバルトップクラスの高い評価を得たことが企業価値向上に大きく寄与しました。

ROIC-results:Improving-corporate-value

ROIC経営の真の狙い

こうして、オムロンはROIC経営の先駆けとして広く世の中に知られるようになりました。
しかし、大上氏は、

ROICの向上、それ自体は目的ではありません。経営の中心は、あくまでも「企業理念経営」です

と繰り返します。

ROIC経営を実践することで、事業価値を最大化し、ソーシャルニーズ創造に向けた原資を獲得する。必要があれば弱い事業から撤退して常に事業の健全性を保つ。この「技術経営」と「ROIC経営」を両輪にサイクルを回し続けることで「企業理念経営」を実践しているのだ、と。

更に、ROIC導入以降、特にこだわってきたGP率(売上総利益率)を上げるためには、必然的に社内各部門が連結した取り組みを行う。その結果として、

企業価値向上を実現するためのマネジメントシステムを構築していくことが、オムロンのROIC経営の狙いです。

と付け加えられました。

ROIC-management-positioning

更なる企業価値向上に向けて

次の10年は、物の豊かさや効率性を追求する価値観から、心の豊かさや持続可能な社会を追求する価値観へと、社会の価値基準が大きく変化する転換期となります。企業価値の概念も、サスティナブルな方向に変化しています。オムロンも次期長期ビジョンを達成するためには、企業理念を実践しながら、これまで以上に、無形資産や非財務情報のマネジメントも進化させる必要があり、そしてその結果として、企業価値の最大化を目指していきます。
どの企業においても、変化していく企業価値の概念を見据えながら、それぞれの企業理念に寄り添ったマネジメントを実践し、その結果としての企業価値最大化を目指していくことが重要だろうと思います。

というメッセージでセミナーは締めくくられました。

ROICの概念や成功事例が広く知られるようになり、ROIC導入に乗り出す企業は増えています。

しかし、今回登壇くださった大上氏は、ROIC導入ありきではなく、地に足の着いた企業理念経営の1つの有効な武器としてROICを賢く用いることの必要性を、繰り返し伝えてくださったように感じます。

成功から紐解く ROIC経営の重要ポイント

資本コストを意識すること

利益が出ていても、収益率が資本コストを下回る事業からは撤退し、より価値を生む事業にリソースを集中させる。目標は、「企業価値の最大化」。そのために、どのようなハードルレートがあるのかを明確にする。

ROIC指標そのものではなく、企業価値を上げることを目的とすること

ROICは、単体で存在するものではない。また、高ければよいというものでもない。企業価値向上を最優先に、必要な事業には果敢に投資し、その上で価値を生んでいない資源は縮小する、という戦略視点で企業価値を上げる取り組みが必要。これを構造的に測るツールとしてROICを用いる。

現場の理解と浸透

ROIC経営の実践には現場の理解と浸透が必要不可欠。様々な組織やプロセスがつながって価値を生む企業経営では、全体にとって正しい行動を促すため、必要性・重要性を正しく理解してもらい、浸透させていくことが大切なので、シンプルに伝えることも重要。

プロフェッショナル人材の活用なら、JOB HUB 顧問コンサルティング

ROIC経営を実現されたオムロン様の歩みはいかがでしたでしょうか。
ご覧になられている方々においても、ROIC経営の推進やご検討をされている方も多いかと存じます。
ですが、自社だけでは取組の方向性や、内容についての妥当性さ、社内への理解浸透など、様々な状況で悩まれている方も多いのではないでしょうか。
弊社には、今回ご登壇をいただいた大上様のような業界の先駆者や、特定領域の専門家が10,000名以上ご登録いただいております。ROIC経営だけではなく、統合報告書の制作や人的資本経営の導入など、専門性を有する分野は数多く存在し、企業経営の難易度は高まるばかりです。

経験者の知見やノウハウを活用し、スピード感を持ってプロジェクトを進めたいという方々は、
ぜひ「JOB HUB 顧問コンサルティング」へお気軽にお問合せください。

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