SEMINAR

今、改めて重要課題となる「地政学リスク」とは

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登壇者

株式会社Strategic Intelligence 代表取締役社長兼CEO 和田 大樹(わだ だいじゅ)氏
国際政治学者として教育研究活動に従事する一方、実務家として一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会 理事、株式会社オオコシセキュリティコンサルタンツ 顧問(2023年11月まで)、株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問を務める。
オオコシセキュリティコンサルタンツでは10年ほど顧問を務め、海外進出企業にインテリジェンスの支援を実施。
また、警察庁や防衛省、内閣府などへ助言や講演、学術論文の査読委員を行う傍ら、メディアでも解説や執筆も行う。
2023年12月 株式会社Strategic Intelligenceを創業し、代表取締役社長兼CEOに就任。

レポート

近年、日本企業の海外進出が増加する中、世界各国における地政学リスクへの対応が喫緊の課題となっています。そこで当セミナーでは、最新の世界情勢をふまえた影響とリスクを経済安全保障の研究・支援に従事する和田氏に解説いただきました。
海外展開を検討中の企業様や進出中の企業様へ、地政学リスクへの備え方をお伝えします。

コロナ禍以降、高まる地政学リスク

2023年、企業経済に大きな影響を与えた地政学リスクとは

ロシアのウクライナ侵攻、イスラエル・パレスチナ紛争の激化、中国をめぐる緊張、そしてイエメン情勢の悪化。これらの出来事は、遠く離れた国々で起こっているにもかかわらず、日本企業の経済活動と従業員の安全に直接的な影響を及ぼしています。

戦争による現地での安全確保・退避の判断だけでなく、対象国の企業との付き合い方、現地の法律・文化への対応など、事業継続に関わるリスクは多岐にわたります。

上に挙げた地政学リスクは、今後長期にわたり影響を及ぼすと考えられるため、企業は10年、20年先を見据えた長期戦略が求められます。

地政学リスクとは

企業が押さえるべき地政学リスクは、各国の地理的な条件のもと、政治的・社会的・軍事的要因が与える経済的影響にあります。これらの要因は複雑に絡み合うために、企業が直面する地政学リスクの機会は増えると予想されています。

地政学リスクが経済にどのような影響を及ぼすのか、例をご紹介いただきました。

①イスラエル・パレスチナ紛争に対する不買運動

現在、中東、北アフリカ、インドネシア、マレーシアなどの国々で、イスラエル製品の不買運動が起きています。また、イスラエルを支持する米国への不信感から、米国大手飲食チェーン店への客入りが減るといった経済への影響が見られています。

②イエメンの反政府組織による船舶拿捕

イエメンを拠点とする武装勢力が、スエズ運河、紅海にわたる海上ルートにおいて攻撃を激化させている影響から、日本の大手海運三社は時間・コストともに負担が大きい南アフリカの喜望峰を回るルートに変更しました。

日本企業のグローバル化が進むなか、地政学リスクは企業の経営戦略に欠かせない考慮要素です。
国際紛争、政治的緊張、そして予期せぬ地域間の対立にどう対応するのか、具体的に見ていきましょう。

地政学リスクへの対応ステップ

実際、地政学的な事象は予兆、現象に分けられます。これらの事象から考えられるリスクを複数のシナリオで検討し、できるだけ早い判断と対応がリスク回避につながるのです。

地政学リスクは間接的に影響を及ぼします。例えば、A国とB国の間で軍事侵攻が起きます。すると、A国・B国が圧倒的なシェアをもつ生産物の輸出が滞り、その生産物に依存する国々で暴動やデモが発生するという、連鎖的な影響が考えられます。

このようなリスクを早いタイミングで把握するためには、日々の情報収集と、予兆から考えうるシナリオの把握が重要です

考えうるリスクの例

  1. 外交関係の悪化で駐在員の安全が阻害される(監視の目の強化や拘束、帰国手続きの遅延など)
  2. 突然のクーデターでビジネス環境が一変する
  3. 調達国からの経済的威圧によって、現地から調達や輸入、また輸出が出来なくなる
  4. 人権を配慮しないことから、企業イメージが低下する

今、イスラエルを巡る情勢が激化し、アラブ諸国だけではなく多くの国からイスラエルへの批判が強まっています。この政治の問題がそのまま経済に影響を与えているのです。すなわち、「イスラエル製品を買うな」、「イスラエル製品を輸入するな」、「イスラエルの企業と付き合うな」というような形です。この状況下では、イスラエル企業と協力関係がある企業へのイメージも影響を受ける可能性があると判断できると思います。(和田氏)

地政学リスクを回避した事例

情報収集と早期かつ適切な対応への理解を深めるために、和田氏が対応した事例を解説いただきました。

事例①:バングラデシュにおけるテロ情勢の把握

2014年、イスラム国をはじめイスラム過激派が勢力を強め、世界各国でテロ行為が頻発していました。バングラデシュでも同様にテロ情勢が悪化し、2016年7月には首都ダッカで大規模なテロが発生。日本人を含む20人が犠牲になりました。

この事例でのポイントは、テロの兆候が見られた段階で安全リスクを判断し、社員の出張禁止と駐在員の退避を始めた点にあります。

安全リスクの判断材料は、アメリカ国防省による2015年のテロ統計でした。

このデータによると、バングラデシュのテロ事件が124件(2014年)から459件(2015年)と、約4倍に増えています。また、テロの負傷者も107人から691人と、約7倍に増えていたことから、この1年でテロ情勢が急激に悪化したのがわかります。

テロ統計が発表されたのは、7月の大規模テロが発生する1ヶ月前です。A社はこのデータを掴んですぐ、現地駐在員の退避を決断しました。結果、現地駐在員の命を守ることができました。

事例②:米中貿易摩擦のリスク回避

この事例は現在も取り組まれている課題です。昨今、半導体を中心に米中貿易摩擦が激化し、その影響で、日本に対する中国の不満も高まっています。結果、日本企業では中国依存を減らし、インド、ASEANへシフトする動きが出てきています。

このように企業は、さまざまな要素が絡む地政学リスクに対し、継続的な情報収集と分析、早期の兆候把握と迅速な対応、長期的視野にもとづくリスク分散戦略の策定が求められます。

企業の情報収集部門・担当者は、日本のメディアだけでなく、海外の情報やシンクタンクの統計データなど、広い視野をもってリスクに関する情報を集め、危機管理対策を強化するべきです。ただ、私の経験上、ここまで把握できていない企業が非常に多いと感じます。

中小企業の場合、地政学リスクに対応できるマンパワーやコストがないケースがほとんどかと思います。そのような企業様へ、私のような専門家が情報提供と立ち回りのサポートを行っています。(和田氏)

今後起こり得るリスク

現時点で特に注目すべき地政学リスクは、台湾有事の可能性と米大統領戦の2つが挙げられます。これらのリスクに対し検討すべきポイントを和田氏に解説いただきました。

①台湾有事

2024年1月、台湾総統選挙では民進党の頼清徳氏が勝利しました。結果、中国は台湾統一への方針をあらためて強調し、中台間の緊張がこれまでと同じく続くと考えられます。ですが、和田氏をはじめ専門家の間では、すぐに何らかの有事が起きるとは考えにくいと見ています。

台湾有事を巡る問題は台湾国内だけではなく、海外にも波及します。日中関係も冷え込むことになるでしょう。台湾進出をする日本企業は、同時に中国へ進出するケースが多いため、中国情勢と台湾情勢を同時に見ていく必要性があります。

もう一つ懸念すべきポイントはシーレーンへの影響です。日本の貿易は大半が海上貿易で、台湾南部・東部の海域を通過します。台湾有事が起これば周辺の海域で軍事的緊張が高まると予想されます。このように、事象の影響範囲を広く見ておくのが重要になると思います。(和田氏)

②米大統領選挙

2024年11月の米大統領選挙は、世界から注目を集めています。和田氏は、現段階でトランプ政権になる前提のリスク検討を強調しました。

4年前の大統領選挙では、アメリカ国内でトランプ支持派による過激なデモ活動が起こりました。これを踏まえて、現地の駐在員に向けたリスク対策が必要です。例えば投票所や市役所などの政治的な施設に対し、デモや暴動に関するリスクを見ていく必要があるでしょう。

次に、トランプ氏が勝利した場合。間違いなく米中摩擦が再来すると思います。日本企業への影響は避けられないと考えて、リスクの想定は必要です。加えて、米国によるウクライナ支援の縮小も考えられます。直接的な影響は少ないかもしれませんが、米国と欧州の分断が進むと、金融市場や世界経済への影響も考えられます。(和田氏)

リスク回避のために、備えるべきこと

最後に、今後起こりうる地政学リスクに備えるため、今からできることをまとめていただきました。

①経営層に向けて、地政学リスクの研修を行う

企業は経営層から動かなければ、組織全体に波及しません。経営者の地政学、経済安全保障への理解が、地政学リスクを早期に捉え判断するために一番必要な要素です。

②赴任者・駐在員に向けて、危機管理の研修を行う

日本企業のグローバル展開が進むなかで、社員の地政学、海外に関する意識向上も重要です。赴任先の治安情勢に対し、知識と認識を深める場が求められるでしょう。

③タイムリーな情報収集を進める

日本のメディア(テレビ、新聞など)で扱われる国際ニュースは、地政学リスクの判断に必要な情報の多くが報道されていません。現地の一次情報を意識して収集すべきです。例えば、米国の治安機関によるテロ警戒情報など、インターネットで得られる情報もあります。

④海外進出前には、地政学リスクを検討する

今後、ASEANやグローバルサウスなど、経済発展を遂げる国が増えると考えられます。しかし、そのような国々の治安、政治に関するリスクは高く、進出前の調査と理解が重要です。国内情勢だけでなく隣国との関係性など、広い視野で把握する必要があると考えられます。

まとめ

海外進出において、現地情報の把握と理解はさまざまなリスクに直結する重要事項です。和田氏のように各国と密接な関係をもつ専門家は、この複雑な課題に大きな一歩をもたらすと考えられます。また、リスクに対する判断においても、その国への十分な知識と理解がなければ適切な行動につながりません。ぜひ、地政学リスクへの理解を深め、専門家の手を借り、適切な判断と行動へつなげていただきたいと思いました。

経営戦略の策定・見直しなら、JOB HUB顧問コンサルティングへ

グローバル化や国際情勢の変化が加速する現代において、企業には地政学リスクを考慮したサプライチェーンや事業継続性、事業ポートフォリオの見直しが迫られています。
地政学的な事象は予兆→現象→対応→結果というステップで発展しますが、予兆・現象の段階で複数のシナリオを検討しておくことができれば、リスクを回避することも可能です。

ただし予兆・現象の段階でリスクを把握するには、継続的な情報収集が必要です。
そしてリスクを正しく判断するには、統計データに基づく情報分析や、長期的視野に基づくリスク分散戦略策定が重要です。
しかし地政学リスクを把握・判断することは簡単ではありません。判断後には迅速な対応も必要となります。

もしもこれらの戦略策定・対応を社内のリソースのみで実施することが難しい場合は、プロフェッショナル人材の活用を検討してみてはいかがでしょうか。JOB HUB 顧問コンサルティングのプロフェッショナル人材は、今回のテーマである地政学リスクのように、様々な角度から経営戦略の策定に役立つ知見を提供することが可能です。
経営戦略に関するお悩みや課題がありましたら、ぜひお気軽にお問合せください。

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