連鎖退職は、近年、労働市場や企業内の人事管理に関する概念事項として浸透しています。連鎖退職はどの企業でも起こりうる問題ですが、実態として連鎖退職が起こりやすい企業と起こりにくい企業にはどのような違いがあるのでしょうか。
退職者が多ければ、それだけ企業に大きな損失になるため、中小企業でも大企業でも対策を講じるケースが増えています。ただし、コストや企業ブランドの維持、従業員満足度の観点を考慮すると、単純に新規の採用を増やすだけでは根本的な解決にはつながりません。
この記事では連鎖退職が起こる原因や起こりやすい企業の特徴、連鎖退職を防ぐために企業が行うべき対策などを詳しく紹介します。
目次
連鎖退職とは、一人の社員の退職をきっかけに、同じ部署の他の社員も次々と退職してしまう現象で、職場環境の悪化を示す一つの指標です。特定の部署で一度に複数の人材が退職すると、残された従業員の業務が急増します。その結果、生産性や品質が低下して事業全体に悪循環をもたらします。
優秀な社員が退職すれば、職場が動揺し連鎖退職が起こりやすくなります。もし連鎖退職が起きると会社にとっては大きな損失で、最悪の場合は、特定の社員に負荷が集中して職場崩壊を招き、企業の信用を失い倒産する恐れもあります。そのため、人事管理上、退職者がいる場合には、連鎖退職が起こらないように早急に対策を講じる必要があります。
個人が退職を考える理由はさまざまです。例えば若手社員の場合は、労働時間や休日、仕事内容、人間関係などが入社前に描いていた社風や仕事内容が実際とは異なるという理由が考えられます。一方、中堅社員の場合は、企業の方針や数年後のビジョン、経営状況などを踏まえて将来性が感じられないことが理由になる場合があります。また、結婚や育児などプライベートが変化することでワークライフバランスが保てないという理由も挙げられます。しかし、連鎖退職が起こる背景には、個人の理由に加えて職場自体に課題を抱えているケースが少なくありません。
連鎖退職が起こる職場では、まずコミュニケーション不足が考えられます。社員が自らの意見や懸念を上司やリーダーに共有し改善を図る機会が不足していると、仕事へのモチベーションが下がり連鎖退職が起こりやすくなります。また、仕事内容や期待される役割とのミスマッチがあるかもしれません。従業員が自分のスキルや関心に合わない仕事を担当させられたり、明確な目標や役割が与えられなかったりする場合、モチベーションの低下や不満が生じ、退職を決断する可能性が高まります。さらに、給与や福利厚生の面での不満や不公平感も連鎖退職を招く要因です。他の企業と比較して報酬や福利厚生が不十分であったり、評価や昇進のプロセスが不透明であったりする場合、優秀な従業員が転職を選択する可能性が高まります。
コロナ禍で一度下がった有効求人倍率(参考①)は上昇傾向で、2023年の有効求人倍率は1.31倍です。最近は比較的就職が決まりやすい売り手市場の状況のため、連鎖退職が促進されている側面があります。また、この傾向はさらに加速する恐れがあるのです。
厚生労働省の令和5年「性・年齢階級・現在の勤め先の就業形態、自己都合による離職の理由別転職者割合」(参考②)を参照すると、上位3項目は以下のとおりです。
離職理由の第2位は「仕事内容に満足できなかった」であり、仕事内容のミスマッチや労働条件が希望に合わない場合に退職を考える傾向が見られます。また、デジタル化やテクノロジーの進化により、労働環境は大きな変革期を迎え、リモートワークやフレックス制度の導入が進む中、新しい働き方への期待が高まっています。さらに、SNSなどで企業の噂や評判が広まりやすくなっており、自社の悪い情報に触れて転職を検討するケースもあります。
連鎖退職が発生すると、企業は以下のような事態に直面する可能性があります。
一時的な問題のように思えるかもしれませんが、場合によっては企業存続にかかわる事態になる可能性もあるのです。連鎖退職に関連するリスクを把握し、事前に適切な対策を講じることが重要です。
連鎖退職は、同じ部門内やチーム内で起こりやすい傾向があります。特に、経験豊富なリーダーやキーマンが次々と退職すると、残された従業員は不満や不安を感じて業務へのモチベーションが低下します。また、業務の担当者が不足するため、残った従業員には大きな負担がかかり、一人当たりの業務量が増加します。引き継ぎが不十分であれば、残された従業員は不慣れな業務を担当することから作業効率が悪化。人材の流出が続くと、組織がうまく機能せず、生産性が落ちてしまいます。事業自体の進捗や効率が悪くなる悪循環に陥る可能性もあります。
連鎖退職では短期間で多くの離職者が出るため、人手不足になることがあります。もし新規採用を行う場合には、求人広告にかかる費用や面接の工数など採用コストがかかります。すぐに人材が見つからなければそれだけ採用にかかる費用がかさむでしょう。
さらに、新しい従業員の育成には、研修でもOJTでも相応の時間と手間が必要です。社内ローテーションで対応したり経験豊富な人材が見つけられたりしても、企業や部門ごとに仕事の進め方は異なるため、慣れるまでにはある程度の時間がかかります。退職した人物以上の即戦力としての働きを期待することは難しいことが多いでしょう。
連鎖退職で生産性が悪化した場合やメディアや口コミで情報が外部に知られた場合、「働きにくい職場なのではないか?」「経営状態が悪いのではないか?」などと企業イメージの悪化を引き起こすかもしれません。地域に根ざした企業の場合「よく人が辞める」という評判は事業への影響が大きいです
もし顧客や取引先の離脱が進めば業績が低下します。また、企業イメージが悪ければ、採用を行う際に優秀な人材が集まりにくくなるのです。就職希望者が減れば、それだけ採用期間が長期化して採用コストも増大するのです。
社員の離職を防ぐための施策は、リテンションまたはリテンションマネジメントと言います。ここでは、連鎖退職を防ぐために企業が行うべき対策について詳しく紹介します。
連鎖退職を防ぐ上で最も重要なのは、退職理由を正確に把握することです。問題の原因を間違って認識すると、どれだけ対策に工夫をこらしても効果が出ない可能性があります。もし退職者自身が「キャリアアップしたい」という理由で退職していたとしても、実際は以下のように上司や経営者の方針や職場の人間関係に悩みを抱えている可能性もあります。
退職には原因があるため、業務やチームワークなどで困りごとがないかを慎重に調査することが大切です。人事面接やアンケートを行うと、退職を考えている社員の様子が明らかになる場合があります。アンケートの場合は、匿名性を確保したり自由記入欄を設けたりすると、よりリアルで詳細な本音を引き出すのに役立ちます。
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連鎖退職を防止するためには、単なる表面的な対策ではなく、根本的な土台を見直す必要があります。従業員からの情報収集などをもとに、職場環境の改善を行います。以下のような職場の環境も、客観的にみると改善の余地があるかもしれません。
上司と部下、同僚同士のコミュニケーションが不足していると、業務の報連相がしづらくなったり、課題や不満が解消しづらくなったり悪循環が生まれます。連鎖退職の背景には、そんなコミュニケーションの取りづらさがある場合があります。
以下のようにコミュニケーションを活性化するための施策を実施して人間関係の改善を図りましょう。社内の風通しを良くして活発に意見交換できる環境を構築することで、社員の愛社精神や帰属意識などのエンゲージメントを高めるのに役立ちます。
長時間労働や休日出勤が職場全体ないし特定の個人に偏っている場合には、業務効率化や人員配置の見直しを行い、労働時間の削減を行いましょう。残業時間や退社時間を分析すると、従業員の肉体的・精神的負担が高くなっていないかが推定できます。また、ワークライフバランスを考慮して、フレックスタイム制や時差出勤などを取り入れたり、テレワーク制度の導入を検討したりすることも有効です。
なお、人員配置を見直す際は、負荷分散を図るだけでなく、上司と部下の業務適性や行動特性、ストレス耐性などの相性を考慮すると働きやすさに繋がります。業務自体の生産性向上が目指せるだけでなく、従業員が「自分の適性や能力を発揮できる場がある」と実感できることが退職の抑制につながります。同時に従業員キャリアパスや立場にあった人材育成も必要です。
企業は利益をあげる必要があるものの、業績さえよければ何をしてもよいというわけではありません。評価基準が業績への貢献のみの場合、直接顧客と接しない社員や新人、若手社員などのやる気や帰属意識が失われる可能性があります。
会社が何を目指し成し遂げたいのかを再度社員と共有し、そのビジョンから求められる人材を描いて人事制度に一貫性を持たせることが重要です。例えば、顧客へ丁寧な対応をすることは、すぐには売上に直結しないものの、長期的な信頼関係の構築や顧客満足につながります。
このように、働きぶりを適正に評価して給与や昇進につなげる要素を盛り込みましょう。業績への貢献だけではなく、協調性や他者、他部門とのコミュニケーションも評価軸に盛り込むことが重要です。また、人事評価では、上司の主観的な評価で不平等感にならないように評価や昇進の基準が明確化されていると公平性が保ちやすくなります。
さらに個々の能力やキャリアプランに合わせたキャリアパスを用意することも有効です。
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人間関係や職場の風通しが悪い場合、不正やハラスメントが起こっている可能性があります。セクハラやパワハラは被害者を追い込み、場合によっては退職に追い込む可能性があります。そのため、社内全体でハラスメントを許さない風土を作ることが重要です。
ハラスメントの予防には、ハラスメント研修が有効です。研修には以下内容を盛り込みます。社内でハラスメントに対して共通認識をもつことで、ハラスメントが起きにくい職場環境を作りましょう。
また、社員がハラスメントを相談する窓口の設置も重要です。
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連鎖退職を防ぐためには、安心して働ける職場構築のために経営層のスキルアップも重要です。マネジメントには、組織のミッション達成のほかに部下育成という目標もあります。コミュニケーションスキルの向上やリーダーシップを発揮するためには、管理職が現代の労働環境に適応したマネジメント手法を学ぶことが有効です
マネジメントセミナーには以下のような内容が含まれます。
研修で労働環境に必要なマネジメントスキルを学ぶことで、意図せず部下に負担やハラスメント行為をおこなっていないかなどの振り返りができます。自身の意識改革により、連鎖退職の予防に繋げることも可能です。
連鎖退職の予防には、経営者だけでなく新入社員への教育も重要です。退職者が出た場合に新規採用を行うだけでは根本的な解決にはなりません。新たな人材のエンゲージメントを高め、将来の退職を防ぐためには、メンターとOJTをすることに加え、オンボーディングプロセスの強化も重要です。
オンボーディングとは、新入社員が早く職場になじめるように行う施策やプロセスのことです。面談やミーティングで組織の決まりごとや職場で必要なシステムの理解、人間関係、社風などを伝えます。また目標設定などでモチベーション向上を図ります。
新入社員が離職する理由には、仕事内容への不満や人間関係が多くみられます。しかし、ただ業務の目的ややりがいの認識不足や職場でのコミュニケーション不足など改善できた部分もあるのです。理想と現実の違いを調整することで、自分のやるべきことがわかりやすくなります。
連鎖退職の防止は長期的かつ着実な取り組みが必要です。企業にとって、人材は貴重な資産のため、慎重かつ確実に対策を講じることが不可欠です。
しかし、ここまでご紹介したとおり、連鎖退職を防ぐためには離職にかかわる情報収集や職場環境の改善、経営層および新入社員への教育などさまざまな取り組みが必要です。それぞれの取り組みには専門的な知見が必要となるため、社内のリソースだけでは対応が難しいことも少なくありません。
自社だけでの対応に困難を感じる場合には、専門家の助言やサポートを得るサービスの活用も有益です。人事関係のプロフェッショナルのサポートを受けることで、昨今の社会的背景を考慮しつつ、自社にあった対応が検討可能です。多様な働き方や法律への対応、ITやAIなど最新テクノロジーを活用することで、業務の効率化と離職防止が図れます。
連鎖退職は、労働環境に対する不満を貯めた結果、経営幹部や重要なポジションの社員が立て続けに離職する状況です。原因には不適切なマネジメントや人手不足、従業員エンゲージメントの低下などが考えられますが、企業に大きな損失を与えることには変わりありません。
職場の改善や従業員のスキルアップなど適切な対応をとることで連鎖対策を予防することが重要です。
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参考①:独立行政法人労働政策研究・研修機構|図1 完全失業率、有効求人倍率
参考②:厚生労働省|平成27年転職者実態調査の概況 2.離職理由 (令和5年3月3日差替え)
性・年齢階級・現在の勤め先の就業形態、自己都合による離職の理由別転職者割合