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流行への警鐘 ~トレンドに左右されない人事制度とは~

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登壇者

HRTF代表 宮城 政憲氏
化学メーカーの人事マネージャーにて人事制度、採用、雇用調整等を経験し、
外資系人事コンサルティングファームにて、人事制度を始めとした、多様な人事領域の支援を実施。
監査法人系コンサルティング会社ではM&Aにおける人事PMIや役員業績報酬の変更、株式報酬の導入等にも従事。
現在は多種多様の企業における、人事施策の立案、導入を支援している。

レポート

人々の働き方、社会状況の変化、労働法規の改正など雇用環境が刻々と変化するなか、ジョブ型制度や360度評価といった制度導入を検討する企業様が増えています。一方で、他社の成功事例を理由に制度導入を検討し始める企業は少なくありません。

社内の実情や経営戦略に合った制度構築はどうすれば実現できるでしょうか。今回は、制度構築のプロセスと人事制度を見直すべきタイミングを、日本企業における人事制度の変遷を熟知する宮城氏からお伝えいただきます。

人事制度の全体像と構築のプロセス

人事制度の全体像

具体的な制度構築へ取りかかる前に、自社の人事制度のどこに着目すべきか基本に立ち戻りましょう。人事制度は一般的に「等級制度」「評価制度」「報酬制度」の3つで構成されます。これらの前提に対し、雇用するために必要な要素(仕事内容と役割、処遇内容、労働条件、組織人間関係)や、外部環境の変化(労働法令の要請、社会状況の変化)を把握し、それぞれ必要な項目を構築します。

3つの制度を簡単に振り返ると、以下のようにまとめることができます。

➀等級制度

社員に期待する能力・役割等により区分する制度。人事制度の基礎であり、従業員へ明示する自社のキャリアパスでもある。

②評価制度

会社の指針に対して社員の状況を評価する制度。求める業績・成果行動を明示し定着させるほか、昇給・降格といった処遇の決定要素でもある。 等級制度に基づいた給与、インセンティブの設定方法も、この制度に含まれる。

③報酬制度

等級・評価に基づいて従業員の報酬を決める制度。

人事制度構築の一般的なプロセス

人事制度は経営戦略が土台となり、戦略プロセスを確認し、実現に向けて期待される人材像を明らかにして、ようやく具体的な人事制度の設計が可能になります。実際に事業戦略に基づいた人事制度になっているか確認するため、日本企業の人事制度が時代の要請に沿ってどのように変化してきたか理解を深めましょう。

人事制度の変遷と背景

日本の人事制度の変遷

1960年代後半頃、日本は高度経済成長期における人材の長期安定確保が求められ、年功序列・職能資格制度に基づいた賃金設定が時代にマッチしていました。しかし、バブル崩壊後の2000年頃から、年功序列による右肩上がりの人件費に企業が耐えられなくなり、年功序列から役割等級制度への切り替えが進みました。

そして現在、役割等級制度よりも明確な職務成果による職務等級制度(いわゆるジョブ型制度)が取り入れられ、年齢や役職ではなく、職務内容に応じた給料設定が採用されるようになりました。

これらの時代変遷とともに日本の法制度も年々更新されています。例えば、コーポレートガバナンス・コードの改定、ダイバーシティ、女性管理職比率の開示、育児休業の取得率開示、パワハラ防止法、コロナ禍に伴う在宅ワークの推進や同一労働同一賃金の考え方など、対応すべき社会要請は増え続けているのが現状です。

このような状況において、企業は法令に基づいて情報開示するだけでは足りないと宮城氏は話します。

例えば男女格差というテーマにおいて、女性管理職比率が現状3パーセントだったとして、2030年時点で30パーセントを達成するのが厳しい状況にあっても、対外的には企業努力が足りないと見られてしまう。これまで社会要請と法律を踏まえておけばよかった時代から、求められる水準に達する努力やプロセスを明示しなければ生き残れないのが現代の経営の難しいところです。刻々と変化する社会情勢や法律にも耐えていけるかが、世間的に見られていると思います。[宮城氏]

注目されている人事制度の特徴と留意点

ここでは、宮城氏のご経験から、よく取り上げられる4つの人事制度と、それらを導入する際の留意点を事例とともに挙げていただきました。

ジョブ型雇用

「ジョブディスクリプション」といわれる職務定義書(職務基準書)の遂行を前提に報酬を決める雇用形態。ホワイトカラーや専門職に対し採用される事が多い印象がある制度です。

【留意点1】大幅な人件費アップ

・適正な給料設定の見極め
・職務内容と求める成果設定が導入前と変わらない

管理職の社員に対しジョブ型制度を導入したところ、前年の賞与金額をベースに昇給設定をしたため、高額な給与基準で推移してしまいました。また、評価基準も移行前と同水準で設定したために、高い給与ベースの昇給を認めざるを得ない状況になってしまい、大幅な人件費増を招きました。ジョブ型雇用はジョブディスクリプションに記載された成果や職務内容以上の成果がなければ、当然給料も上がらないことを前提としなければ機能しません。[宮城氏]

【留意点2】配置転換が困難に

・ジョブディスクリプションに勤務地を記載し、柔軟な転勤が困難に

一度、ジョブディスクリプションに記載してしまうと、双方の同意がなければ変更が難しくなります。勤務地を書いたことで、「ジョブディスクリプションに勤務地を記載したのだから転勤はありえない」と認識され、別の仕事を頼めない状況になってしまいます。[宮城氏]

【留意点3】解雇ができない

・日本の雇用文化から解雇がしづらい

ジョブ型制度は、「この仕事が要らなくなった」「必要なくなった」場合、当然、その仕事に就いた従業員を解雇する前提がないとうまく機能しません。日本の場合、ジョブ型雇用だからといって給与水準を下げたり、解雇したりできない状況から、実情に合わない側面があります。[宮城氏]

バリュー評価

会社が果たすべきミッション・ビジョン・バリューに基づいた行動を明示し、それができているか評価する制度です。

【留意点1】全体の評価が甘くなる

・等級ごとの行動指針の切り分けが難しく、評価が横並びに

バリューに対する具体的な行動を等級ごとに切り分けるのが難しく、結果的に曖昧で横並びの評価項目になるケースが多いです。これは次の評価の付け方にも関わってきます。[宮城氏]

【留意点2】評価の付け方に迷う

・バリューに対する行動を常に深く見なければならず、評価者自身も迷う。

評価項目が曖昧なうえ、普段のコミュニケーション、周囲との関わり方、接し方が評価基準になるため、非常に評価しづらくなります。[宮城氏]

【留意点3】離職率が変わらない

・ビジネスが伸びず経営が厳しい状況でバリュー評価を取り入れても、評価が甘いので不満が出てしまい、結局、離職してしまいます。

バリュー評価は成果重視になりすぎている企業が離職を減らすために取り入れるケースが多いのですが、ビジネスが伸びず経営難に直面する企業がバリュー評価を取り入れると、いわゆるハイパフォーマーな従業員が「これだけの成果を上げているにもかかわらず評価されていない」と不満を抱き離職してしまいます。評価が甘く差もないことで、従業員が適切に見られていないと感じ、離職率も変わらない結果になりがちです。[宮城氏]

360度評価

上司が部下を評価するだけでなく、同僚や部下からも評価を受ける方式。

【留意点1】管理職のあり方が問われる

・部下に評価される前提でマネジメントをしてしまう
・甘い感情が増えてしまう

上司が部下や周囲から評価されるようになると、自分への評価を意識したマネジメントをするようになりがちです。つまり、部下に対し厳しい目標を与えず、甘い目標設定や評価をする管理職が増えてしまうということです。[宮城氏]

【留意点2】組織の雰囲気に影響

・部下の辛口評価により、上司との関係が悪くなってしまう

これもよく聞く話ですが、部下が上司に辛口の評価をした際に、評価した部下が特定されてしまい、上司との関係が明らかに悪くなってしまった。こうなってしまうと、「上司にバレるから評価を甘くする」など組織風土が壊れてしまいます。[宮城氏]

【留意点3】評価基準のばらつき

・評価の考え方がわからず感情で判断してしまう。評判の良し悪しで評価が変化してしまう

トレーニングを受けた管理職が評価するならば良いのですが、入社3〜4年目の社員や新入社員が評価するとなると、評価基準もばらつき、感情や評判の良さで判断されてしまうことがあります。[宮城氏]

業績連動賞与

企業業績及び従業員個人の評価を連動させて金額を算出する賞与制度。

【留意点1】投資へのスピード

・投資したから賞与が減るのでは?

業績指標に経常利益を指標として導入すると当然、マイナスに触れることもあります。そうなると、投資に踏み切れない従業員の賞与が減ってしまいます。[宮城氏]

【留意点2】アクションが不明確

・難しい業績指標になり、なぜこの指標なのか、何をすべきかわからない。
・名前だけでアクションが不明確

なぜこの指標に着目し、指標を上げるためになにをすべきか従業員が理解できず、指標の名前だけが先行し行動へつながらなくなります。[宮城氏]

【留意点3】動機づけに繋がらない

・業績につながるけど何を頑張ればいいの?

何を頑張れば業績が上がるのかわからないので、従業員が何をすべきなのかもわからなくなってしまいます。[宮城氏]

よく陥る問題点

これらの人事制度を取り入れるとき、なぜうまくいかないのか。宮城氏は2つ問題点を挙げています。ひとつは、【A】同業他社の成功事例だけをみてしまい、なぜその制度を取り入れるのか目的意識が欠如してしまっている点。もうひとつは、【B】会社の現況把握していない点。つまり、スタートとゴールの位置が見えていなければ、目的を達成できる制度設計の実現は難しくなります。

自社がどういう状況なのか、どういう人にあうのかを把握せずに、「競合や大手がうまくいっているから」という理由で導入するケースをよく耳にします。本来は組織の状況把握とゴールを確認してから、ゴールにたどり着ける手段として選ばなければいけません。スタートとゴールをもとに人事制度を取り入れなければ、手段が目的になってしまっていると言ってよいでしょう。[宮城氏]

では、現状把握と目指すべきゴールを確認するために何を見れば良いのか。見るべきポイントは次の3つです。

  • 組織、人材(年齢、性別、職種)の状況は?
  • ゴールに向けて乗り越える人事課題は?
  • そのために適した人事制度はどのようなものがあるか?

制度導入を目的にせず、達成したいゴールに向けた手段として制度があることを、宮城氏は重ねて強調していました。

人事制度の落とし込みとチェックリスト

一般的な人事コンサルティング会社が企業の人事制度を作成する際の具体的な流れと、人事制度作成の際にチェックすべき項目をご提供いただきました。ぜひ資料ダウンロードいただき、ご活用ください。

▼プロ人材が監修した人事制度のチェックリストはこちら:

目的にあった人事制度の導入事例

宮城氏が実際に、人事制度改定に携わった事例をご紹介いただきました。

背景

取り上げていただいた事例は10年前にスタートしたプロジェクトですが、目指すべきゴールを3年から5年の単位で細かく設定し、その都度、制度に加筆調整を加えており、1度きりの改定でこの形になったわけではない点を、宮城氏は強調しています。

こちらの企業は製造業で、2010年時点では4期連続、経常損失を上げていました。労働組合が強く、会社利益よりも従業員の収入に執着していたことから、従業員の会社利益への意識を高めたいというご要望からスタートしました。 また、人件費の上昇を押さえるために年功序列的な賃金をやめたい、受動的な従業員を自発的に動いてもらえるようにしたい、社内部門の弊害を排除してコミュニケーションを活性化したいといった要望をトータルで伺い、以降もその時点で求められる要望へ順次対応していきました。[宮城氏]

等級制度の全体像

実際に設定した等級制度のポイントは4つあります。

  • 役割等級のほかに職務等級を設け、高度研究人材をジョブ型雇用できる仕組みを取り入れた
  • 定年を2つのグレード(60歳までと同じ職務・それよりも軽い職務)に分けた
  • 本部長、部長・室長、課長、主任の役職をどの役割等級でも任命可能にした
  • 育児介護で一時的にキャリアを離れる場合の一時措置を設けた

育児介護については、在宅勤務を週1日から5日まで選択可能とし、その選択に応じた給与設定をしました。これは育児介護を選択した方全員ではなく、あくまで本人の選択に基づいて設定される仕組みになっています。

評価制度の全体像

評価制度のポイントは、定性的な評価項目を一切設けなかった点にあります。従業員へ会社利益を意識させるため、すべての職群で「目標管理設定」をもとに評価されます。その目標も、個人が掲げる成果を数字設定し、成果を上げるプロセスに対しても評価を行います。

会社はまず利益を上げなければいけません。協調性やモチベーションを理由に業績から目をそむけている状況を変えるため、業績に直結する評価基準としました。結果、業績は確実に回復し、賞与や昇給スピードにも反映されました。

人事制度を見直すべきタイミング

今からでも間に合う、人事制度面の警鐘

企業が人事制度の変更を考えるきっかけはいくつかあります。以下に当てはまる場合、人事制度を考え直す時期に来ていると考えて良いでしょう。考えられるタイミングを具体的に挙げていただきました。

➀若手の人材が定着しない。または採用できない

少子高齢化により生産性労働人口が毎年20数万人ずつ減っており、これまで採用できたレベルの人材を採用できなくなります。また、入社基準としてきた大学卒業者であっても、あれ? ちょっと違うと思う場面が増えてきます。

②60歳以降の再雇用者のモチベーションが低く、対象者の人数も増えている

少子高齢化の時代において、高齢者をどこまで戦力として考えるべきか答えが出ていない企業は多いもの。今後ますます対象者が増えるため、これまでの60歳以降の再雇用だけで乗り切れるのか見極めが必要です。

キャリア教育を推進しているが、自律性の高い社員が増えない

キャリア教育を自主自律性向上のために取り入れる企業はあるものの、今の従業員の自律性がどのレベル感なのか見極めなければ、制度導入によって自律性の高い従業員が増えるとは言えません。

転勤(転居を伴う異動)を打診すると拒否されてしまう。または退職してしまう

ひと昔前は「転勤拒否をすれば懲戒解雇になる」といった話もありましたが、現在は否定されています。転勤を社員に押し通すのが難しいため、結果的に優秀な社員が辞めてしまう状況にあります。

社会的な要請から女性社員に活躍してほしいが、そのような人材がいない

よく耳にするのは、「うちにはそういう女性がいないんだよね」という発言。しかし、時代的な要請がある以上、その前提で求める人材像も見直す時期に来ていると考えられます。

宮城氏は最後に、人事制度を見直すべきときにやらなければならないことは何かをまとめていただきました。

[宮城氏]
➀新しい制度や紹介された成功事例に飛びつかない
成功事例だけでなく失敗事例に対しても飛びついてはいけません。よく、「うちはジョブ型が合わないから取り入れません」とお話いただくのですが、その理由を聞くと不明瞭なことが多いです。選択肢は広げすぎても、考えなく絞るべきでもありません。

②今の組織や人材の状況をきちんと経営目線で正しく見つめる
経営者の指示に従うだけでなく、人事担当者の客観的な視点も大事です。

③いきなり目指すべき姿をゴールとしない(正しくギャップを測る)
20年後に達成したい高いゴールを設定しても、おそらく機能しません。3〜5年の短期間で達成できそうなゴールを設定し、スタートとゴールのギャップを埋めましょう。

④法的、社会的な要請であっても、自社状況を意識する
今すぐ導入しなければいけない社会的要請であっても、少なくとも今の自社の状況を鑑みて、ゴールを意識した取り入れ方をすべきです。

まとめ

経営戦略に基づき、社会要請、雇用環境を考慮した人事制度を目指すためには、注目されている制度ではなく、自社に対する客観的な現状分析とゴール設定に着目すべきことがよくわかりました。本当に必要な人事制度の構築・改善のために、目的に沿った適切な制度選択を促すサポートは、ますます求められるのではないかと感じました。

人事制度のお悩みには「JOB HUB 顧問コンサルティング」にご相談ください。

昨今、変化の激しい経営環境において、人事制度のトレンドも呼応し移り変わってきています。ただし、トレンドだからとそのまま取り入れる場合、自社の環境に合わず、失敗するリスクが大いにあります。
時流に合わせ、自社に合った人事制度を作ることは、正しい経営戦略を実行する上で非常に重要です。短い期間で変えるものではないため、知見やノウハウが企業内に蓄積されていることは少なく、経験者自体も少ない状況です。
そこで、プロフェッショナル人材に人事制度の構築、刷新、改定を先導し進めることで、失敗リスクを回避し、成功確率を高め、社内にノウハウを蓄積することが可能です。
人事制度でお悩みの方がいらっしゃれば、ぜひご相談ください。

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